3.勲章・記章の佩用位置と順序


大まかな順序として勲章、記章、褒章、赤十字の順になります。以下、詳細に解説します。

3-1.勲章
軍装で佩用する日本の勲章は菊花章・旭日章・瑞宝章及び金鵄勲章になります。
佩用位置は大別すると左胸(勲四等以下・功四級以下および記章)、喉下(勲三等・功三級)、右胸(勲二等・功二級)、肩から対の脇腹(勲一等・功一級)の4つに分かれます。
大勲位菊花章頸飾
頸飾を以て喉下に佩び、其副章を左肋に佩ぶ
大勲位菊花大綬章
大綬を以て佩ぶる時は右肩より左脇へ垂れ、其副章は左肋に佩ぶ
金鵄勲章
功一級:大綬を以て左肩より右脇腹に垂れ、其副章を左肋に佩ぶ※
功二級:左肋に佩び、其副章を中綬を以て喉下に佩ぶ
功三級:中綬を以て喉下に佩ぶ
旭日章
勲一等:大綬を以て右肩より左脇へ垂れ、其副章を左肋に佩ぶ(旭日桐花大綬章も同じ)
勲二等:右肋に佩び、其副章を中綬を以て喉下に佩ぶ
勲三等:中綬を以て喉下に佩ぶ
瑞宝章
勲一等:大綬を以て右肩より左脇へ垂れ、其副章を左肋に佩ぶ
勲二等:右肋に佩ぶ(副章はなし)
勲三等:中綬を以て喉下に佩ぶ

功四級以下および勲四等以下は小綬を以て左肋に佩びる
(明治二十八年・勅令第百二十号・金鵄勲章佩用式改正および明治二十一年勅令第七十六号 勲章佩用式より抜粋)
佩用位置は等級によってほぼ統一されていますが、以下の点に差異があります。
・勲一等功一級の大綬は、金鵄勲章のみ左肩から右に下げる(他は右肩から左)
・勲二等は瑞宝章だけは副章がなく、正章のみで佩用する

併佩(複数の勲章記章を佩用すること)については明治二十一年勅令第七十六号 勲章佩用式により規定されています。勲章を佩用する数が制限されていない時には金鵄勲章・旭日章・瑞宝章は併佩しますが、勲一等(功一級)の大綬だけは併佩せず、最も後に受章したものを大綬と副章で佩用し、先に受章したものは副章のみを佩用します。同系統の勲章で上位の勲章を受章した場合は、下位の勲章は佩用しません(最上位のもののみ佩用します)。というより本来、上位の勲章を受章したらその系統の下位勲章は賞勲局へ返却しなければならないので併佩しようがないはずなのですが・・・どうもこの返却規定はあまり厳格に守られていなかったようです。同等の別系統勲章を併佩する時は、後から受章したものをより上位の位置に佩用します。なお金鵄勲章に限り昭和十六年勅令第七二六号 金鵄勲章併佩ニ関スル件により上位と下位の併佩も可能になります。


功一級金鵄勲章の副章は明治23年の制定当初は右肋とされ、その後明治28年に左肋に変更されているのですが、制定後最初の功一級授章が明治39年なので、結局副章を右肋に佩用することになっていた期間には誰も所持していなかったため、実質的には左肋に佩びるものと考えていいでしょう。

3-2.記章・褒章
記章・褒章の佩用順序
大正十年五月三十日 賞勲局総裁より回答
一、憲法発布記念章は勲章の左、記章褒章の右に佩ふ
一、其他の記章は授興せられたる證狀日附の順序による
一、其日附の同日なる場合は記章制定の順序に依る
一、記章裏面の文字大正三年乃至九年戦役とあるものは大正九年三月の制定とす
追て各種記念章は勲章記章佩用心得の記章に包含する儀に有之候

褒章は記章の左に併佩し各種褒章の併佩順序は記章佩用の順序に準ず
記章と佩用順序については、大正10年に貴族院および陸軍省人事局恩賞課より出された問い合わせに対する賞勲局総裁の回答が、賞勲局発行の勲章佩用心得内に記載されています。問い合わせは貴族院と陸軍省からですが、賞勲局の公式見解なので官民問わずこの内容に従って記章を並べていくことになります。記念章・従軍記章すべて含めた制定年では明治七年従軍記章が一番古い(明治8年制定)のですが、憲法発布記念章(明治22年制定)のみあらゆる記章の中で先頭にすることが指定されています。憲法発布記念章以外は授与された日付順となります。基本的には制定順と考えていいのですが、制定日と授与日が前後しているケースもあるので、通常の順序を以下に列挙します。

1.憲法発布記念章
2.明治七年従軍記章
3.大婚二十五年祝典之章
4.明治二十七八年従軍記章
5.明治三十三年従軍記章
6.明治三十七八年従軍記章
7.皇太子渡韓記念章
8.韓国併合記念章
9.大正三年乃至九年戦役従軍記章(裏面の文字が『大正三四年戦役』のもの) ※1
10.大礼記念章(大正)
11.大正三年乃至九年戦役従軍記章(裏面の文字が『大正三年乃至九年戦役』のもの) ※1
12.戦捷記章
13.第一回国勢調査記念章
14.大礼記念章(昭和)
15.帝都復興記念章
16.朝鮮昭和五年国勢調査記念章

17.昭和六年乃至九年従軍記章
18.支那事変従軍記章
19.紀元二千六百年祝典記念章


※1 大正三年乃至九年戦役従軍記章について
大正三四年従軍記章と大正三年乃至九年戦役従軍記章の関連ですが、この二つは同じもので、当初は大正三四年従軍記章であったものが大正九年勅令第四十一号 大正三四年従軍記章令中改正により大正9年3月に大正三年乃至九年戦役従軍記章へ改められ、これ以降に授与されるものはメダル部分の文字も「大正三年乃至九年戦役」へ変更することになりました。従って変更後は裏面の文字が大正三四年戦役であっても名称は大正三年乃至九年戦役従軍記章となります。なお変更されたのは名称だけで、大正三四年戦役の所有者に後から箱やメダルの交換といった措置は特に採られていないようです。勲章・記章についてに掲載した画像のとおり外観上の差異は裏面の文字のみで、表面からは区別ができません。
佩用時の注意点としては、この制定と変更の間に大礼記念章(大正)があるため裏面の文字がどちらであるかによって大礼記念章の前後に分かれています。多くの将兵は大正三年乃至九年戦役のものを授与されており、入手もこちらが多く出回っていて容易なので、組む時は大礼記念章→大正三年乃至九年戦役の方が無難かと思いますが、拘って大正三四年戦役→大礼記念章にするのもありです。要するにどちらでもよいのですが、佩用した記章に対してなぜその順序になっているのか、理由や根拠を把握しておくことが肝要であると管理人は考えています。
なお大正三四年戦役と大正三年乃至九年戦役は同じものであるため、通常両方が授与されることはありません・・・ないのですが、なぜか両方授与された人がいるようです。そして両方授与された場合は大正三四年戦役のものは佩用しないことになっているのですが、これまたなぜか両方を組み込んだものを管理人は見たことがあります。
いちおう考察すると、授与数が膨大なため賞勲局側で大正三四年戦役の受章者を把握しきれず誤って大正三年乃至九年戦役のものを重複して授与してしまい、受章した側も併佩できないことを知らずにそのまま組み込んでしまったのではないかと考えられます・・・。

※2 軍服に佩用しづらい記章
上記順序のうち赤文字で表記したものは、その性格から軍人で授与された者が極端に少ない記念章なので、これらは佩用しないほうが無難かと思います。軍人で佩用するとなると首相以下各大臣に就任した閣僚など、とにかく軍人では関わる立場になりうる者自体が少なく、文官向きの記念章です。




記章は勲章と違い佩用することで年代が絞り込まれてしまうものなので、何年から軍に居て現在何歳でどの階級の人物かというキャリアを設定して矛盾なく見えるように組む必要があります。たとえば明治七年従軍記章と支那事変従軍記章では60年以上の開きがあり、併佩はあり得ません。また支那事変従軍記章や紀元二千六百年祝典記念章は制定が昭和13年以降(勅令第五〇八号により正装、礼装、通常礼装を停止後)なので、軍装でしか佩用できません。
(といいつつ実は管理人、某人物が昭和19年に紀元二千六百年祝典記念章などを佩用している正装の写真を一枚だけ知っておりまして・・・調査中なので判明次第追々報告します)
褒章については保有している軍人もいますが、授与の条件が軍務と関わりがないものばかりで、無くても不自然でなく有れば珍しいぐらいのものなので無理に設定を考えてまで組み込むことはないかと思います。

3-3.赤十字
明治二十一年 日本赤十字社有功章社員章條例
八条
有功社員章は男女共に左肋に佩るものとす。我国勲章記章を有する者は其後に列佩すべし。
外国勲章並に其政府より出す記章を有する者は其勲章記章の後に列佩すべし。
但有功章社員章は併佩すべし。併佩するときは有功章を前にし社員章を後にすべし。
日本赤十字社社員へ授与される有功章及び社員章を保有している場合は、自国外国を含めたあらゆる勲章記章の後ろ、一番最後に佩用することになります。有功章と社員章両方を佩用する場合は有功章を前にすると規定されています。また満州国赤十字は日赤の後ろに佩用します。軍人では佩用している人もいればいない人もいるので、この辺りは設定に応じてお好みでいいかと思います。将官だからといって無ければ不自然といったことはありません。

まとめ
勲章はそれぞれの勲章で保有する最上位のもののみを
勲一等は右肩から左脇へ大綬で佩用し、副章(各勲章の二等・二級として使用されるものと同一)を左肋へ(功一級金鵄勲章は逆になり左肩から右脇へ)
勲二等・功二級は右肋へ佩用し、副章(各勲章の三等・三級として使用されるものと同一)を襟元へ(瑞宝章は副章なし)
勲三等・功三級は襟元に
勲四等・功四級以下は左胸に佩用
同一等級の別種勲章を佩用する場合、勲一等、功一級以外は受章時期が新しいものから高位の位置へ
勲一等、功一級は受章時期のもっとも新しいものを大綬と副章で佩用し、それ以外は副章のみ佩用
記章は左胸で勲章の後ろに、授与された日付順に古いものから並べる
褒章は記章の後ろに、授与された日付順に古いものから並べる
赤十字は左胸のもっとも後ろに有功章、社員章の順で並べる

最後に、実際に佩用している写真を見ながら解説したいと思います。


吉田善吾(中将時)
右肩から勲一等瑞宝章の大綬を下げ、左胸(記章類より下)に副章を佩用。この副章は勲二等時には正章となるが、勲二等の場合佩用位置が右胸なので、位置により勲一等副章・勲二等正章の区別ができる。右胸下部に佩用しているのが勲二等旭日重光章で、この副章である中綬章を喉下に佩びている。左胸に列佩されているのは記章類だが、先頭はおそらくチリの勲章と思われる(調査中)。外国勲章の佩用順序は自国勲章の次だが、この時点で保有している自国勲章がすべて左胸以外の位置へ佩用するものであるため、繰り上がり左胸の先頭に外国勲章が来ている例。後方には赤十字が有功章、社員章の順に並んでいる。社員章は画像が不鮮明で綬に付いている綵花の柄が判別できないが、綵花の存在により終身もしくは名誉社員であることが読み取れる。

加藤友三郎(大将時)
通常礼装で勲一等のため、最高勲章一個のみで大綬は用いず副章のみを佩用。

島津忠重(中尉時)
通常礼装。
この写真が撮られた時点では経歴が短く、従軍や式典などの参列がまだないため、初叙の勲六等瑞宝章のみを佩用。

大西新蔵(中将時)
階級より、昭和19年10月以降撮影の写真。正装又は礼装に代え軍装で勲章記章すべて佩用した状態。

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著作権関連で使用できる画像が限られているので、許可を得次第追加していきます。

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